半年程前に左膝の下方の皮膚にしこりで出来、1ヶ月前に急に2倍位に腫れて歩けなくなり、抗生物質と消炎剤で腫れは引いた、との事で来院されました。
針吸引生検をすると、多数の好酸球に混じり特徴的な顆粒を持った肥満細胞が確認されました。肥満細胞腫では時に腫瘍をなでたり擦ったりすると急速に増大したり紅斑を引き起こすダリエ兆候という反応が出る事があります。一月前に急に腫れたというのはこのダリエ兆候だったと考えられ、細胞診の所見と併せて皮膚肥満細胞腫と診断しました。
皮膚肥満細胞腫の予後は後述するグレード(組織学的悪性度)により大きく異なりますが、手術が可能は場合の治療の第一選択は2cmのマージンを確保して外科的に摘出することです。
本症例では水平方向のマージンは何とか確保出来そうですが、深部方向の十分なマージンの確保は難しいと考えられましたが飼い主さんとの相談の結果、機能を失わない範囲での手術をする事になりました。
水平方向は2cmのマージン(肉眼的に正常な部分)を確保し皮膚切開をし、底部は可能な限り深層で周囲組織と剥離しました。
足、特に膝から下の皮膚は余裕が少ないため大きな欠損は直接被覆する事が出来ません。
今回は膝動脈軸型皮弁というテクニックを用い手術により生じた皮膚の欠損部を覆いました。
欠損部上方より大腿部外側に大腿骨の骨幹と平衡に皮膚に切開を加えフラップを作成したところです。
このフラップを肢の下側(写真では向かって左)に反転し欠損部の皮膚に縫合します。
漿液が貯まらない様に2本のドレインを留置し死腔をコントロールします。
フラップを作成した部分はテンションの高い部分の皮膚にメッシュ(多数の小切開)を入れて減張し単純結節縫合にて閉鎖しました。
フラップの血行も良好で癒合がはじまっていましたが、第7病日に一部に裂開が認められたため、再縫合とドレインの再留置をおこなったところ、その後は順調に推移しました。
写真右は第30病日のものですが、全て抜糸も終わり発毛も見られます。
犬の皮膚肥満細胞腫は皮膚腫瘍の約20%を占め、皮膚腫瘍の中では最も多いものといえます。
皮膚肥満細胞は正常な皮膚や消化管などに存在している細胞で、細胞内に様々な生理活性物質を包含しており、何らかの刺激によりこれらの物質が放出(脱顆粒)されると炎症反応を引き起こします。蕁麻疹はその一例です。
皮膚肥満細胞腫は肥満細胞が腫瘍化したもので悪性腫瘍に分類され、組織学的悪性度によりグレード Ⅰ 〜 Ⅲ に分類され、グレードが上がる程悪性度が高くなります(パトニックのグレード分類)。
治療は手術可能な症例では十分なマージンを確保した摘出が第一選択です。病理組織検査の所見によって放射線療法や、補助的化学療法としてビンブラスチン、プレドニゾロンなどの投与を行う事もあります。
また、最近ではc-kit遺伝子の変異を検査する事が可能となり、変異が確認されたらイマチニブやトセラニブリン酸などの分子標的薬が効果を示す可能性が高い事が明らかとなり新しい治療として注目されています。
本症例はグレードⅡでc-kit遺伝子の変異がなかったのでビンブラスチン、プレドニゾロンの投与を計画しています。
調布市 つつじヶ丘動物病院
ありません。